Column2

「文理同舟」2:

応用物理学会1

株式会社システムズエンジニアリング セールスディレクタ
高田 敏寛

内田龍男先生が応用物理学会の研究業績賞の記念講演で登壇され、20年ほど前が国内生産ピークであった液晶技術の研究-開発~工業化の歴史を分かり易く丁寧に、今の若い人達にも理解できる内容でお話になった。自分も聴講させていただき、久しぶりに液晶は日本発の技術であったことを思い出させていただいた。
先生は、研究成果ばかりでは無く、工業化という観点でも成果をもたらされた。現在のLCD(liquid crystal display)生産で欠く事のできない技術は、わが国ならず海外の生産現場にも脈々と受け継がれ、我々の見ているテレビの中に知らん顔して普通に組み込まれている。杜の都 仙台の東北大学に拠点を構えられ、液晶技術の黎明期から成長期までその発展を研究分野から支えられ、工業化への先の見えない時代から様々な研究・実験を継続的に繰り返され、企業の研究者達と積極的に交流されていたことを筆者は良く存じ上げている。
その一部を抜粋記述する、
・RGBカラーフィルタの加法混色型
・応答速度、視野角の向上技術・液晶の分子配向機構の解明
 特にラビング膜と液晶分子の相互作用
・反射型液晶ディスプレイ
・OCB(optical compensated bend)型液晶
液晶技術は、20世紀の最後10年でラップトップ型のワープロから始まり、これらがノートパソコンとなり、同時期に電子手帳、携帯ゲーム機、携帯電話が普及し、21世紀になって液晶テレビが登場、各家庭のブラウン管を駆逐して行った、そしてスマートフォンへと続くのである。因みに筆者はSONYの37型TrinitronのHigh Visionのテレビを所有しており、基板交換修理はあったもののまだ現役である。
ディスプレイ技術の拡大と浸透に伴って紙データのがデジタル化が進行した、そして我々の仕事も生活も大きく様変わりしていった。
紙データが電子データ化したと言えば、写真の世界も大きく変貌した。
カメラのデジタル化によりフイルム写真は逓減して行った。グラフのような減り方である。

  

私自身もこの10年くらいは写真フイルムを購入していない。
ところが不思議なもので、この写真用フイルムの基材であるTAC(tri acetyl cellulose)が液晶で大活躍している。TACとは?
不燃性、透明性、電気絶縁性、そして何より複屈折性が全く無いことがTACの特徴である。液晶パネルでは、偏光を制御する必要があるが、そのためには複屈折性の無いものを基材として用いる必要があった。写真フイルムには多くの機能が必要でそれらが順に精度良く成膜され、設計通りに作られる必要があるが、基材は逆に光学的に特性の無い(複屈折性の無い)フィルムであることが求められる。この写真フイルム基材のTACは液晶用フイルムの基材として非常に都合が良かった。
結果、液晶の偏光板に大量に用いられるようになった。富士フイルム、コニカ(現コニカミノルタ)とコダックが写真フイルムの大メーカーであったが、この液晶用TACは富士フイルムとコニカが世界市場を独占している。

  

写真フイルムの例でも分かるが、日本で液晶産業が大きく花開いたのは、液晶パネル自体の研究開発の成果であることは疑う余地も無いが、わが国の産業構造も上手く嚙み合ったともいえる。液晶は非常に多くの部材でできていて、このサプライチェーンが日本で上手に回っていたのである。
*液晶用ガラス
*カラーフィルタ
*ブラックマトリックス
*配向膜の成膜とラビング
*位相差板、偏光板
*導光板、拡散板
*液晶材料
*ITO膜
*TFTの成膜
*ガラス張り合わせと液晶の封入、封止

  

これらの部材のサプライチェーンが100%国内で回せるのである。大元の原料はともかく、原反フィルム~機能性フイルムの張り合わせまで、全ての加工技術を国内で保有している事が効率良く生産できる体制造りに貢献した。この芸当ができる国はほかには無い。懸念として、機能膜には無機物を使った物も多くあり、例としてITO膜の原料インジウムは鉱物の処理副産物なのだが、その生産高では某国と隣国で70%に至り、政治状況に振り回される厄介な物質でもある。近年は再生率が60%程度まで向上しているのは良い流れである。わが国はインジウム使用量が世界一であるがITO膜を作る技術も世界一、拠って LCDパネルや太陽電池の生産を加速させている某国や隣国は、このサプライチェーンに組み込まれて従う以外に選択肢はないのである。液晶パネルの生産はアジア各国に移行していても部材の供給は日本のメーカーである、これは優れた部材の生産・加工技術のおかげである。

半導体産業にはサイクルがあり、上昇期は再び、三度やってくる。しかし液晶生産が日本に戻ってくることは無いであろう。それがOLED(organic light emitting _device or display)やLEDテレビ、レーザーテレビでも同様で、今後の多くのFPD生産はアジア各国のまま推移する事に疑う余地は無い。私たちが考えないとならないのは、日本発の技術液晶パネルの生産高で、いとも簡単に日本のトップメーカーが他国の企業に抜き去られ、そして数年前には破綻し某国の資本の元に存続させられている姿は見るに堪えない。液晶電卓から始まった液晶テレビへの開発ストーリーがこんな形で終わってしまうのか、ほんの10年ちょっと前のことである。その後、日本人がノーベル賞を受賞したLED技術も日本で花開いてLCDパネルよりも短い間に海外へ行ってしまった。こうも易々と持って行かれるのは何が問題なのか?
長い間産業会でお世話になっている我々は、次に来る新技術が本当の意味で日本のために日本国民の豊かさに還元されるような発展のさせかたをしないとならないと痛感している。
過去の経緯を知らない人は、お金より大切なのは技術が流出することであると気が付かない可能性がある。経験豊かな諸氏、考えてみようではないか。
→応用物理学会2に続く

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